「自分の責任で住宅を建てる」という頭でいると、現在住んでいる家にも自然と目が向く。ここはアリ子母がモデルハウスを見て回り、気に入ったハウスメーカーの建築士さんとデザインしたものだ。室内は完全バリアフリー、屋外も必要な時すぐにいじれる仕組みになっている。うちの母には明確な目的と解法が存在しているので、建築士さんはひたすら安全上のアドバイスに終始したと聞いているが。
ハウスメーカーは地元の工務店に下請けしてもらうわけだけど、これが問題になることが多いときく。幸い我が家は、超生真面目に仕事に打ち込む大工さんのおかげで、そんな問題とも無縁だった。その大工さんはまったく職人気質の人で、内装や設備以外はたったひとりでこの家を建ててしまった。「手が違うと嫌だから」と他人の手伝いを嫌い、熟練したその腕で建て上げたのだ。うちの両親はその仕事ぶりを大いに楽しんで、いつも暗くなるまで眺めていたらしい。今でも台風や地震があるとすぐに駆けつけて、中から外から被害がないか確認してくれる。常に気にかけてくれるかかりつけ医がいるようなもので、ほんとにありがたく思っている。決まった年数ごとにハウスメーカーも点検にきて、それは微細にわたる厳しいものだ。住宅のフォローとしては非常に手厚いといえるだろう。
何気なく住んで荒っぽく使っていたけれど、よく見れば考え抜かれた設計と丁寧な作業の痕跡ばかりだ。我が家に来る人は、空気がいいとか気持ちがいいとか言ってくださるけれども、インテリアや装飾とは別の見えない部分を感じ取るからかなと、最近思っている。
家って、外観も街の邪魔にならないようにしなければなりませんね
玄関をはいると、タタキ王子がお迎え。うちの王子でありアイドルであり宝であり、そして守り神です
アリエスがきてから、アリ男と私は基本的に同じ飛行機には乗らない。危機管理しすぎ!感もあるけど、自分の精神衛生上しかたがない。ま、アリ男は多忙だし、不動産屋さんとの初めのやり取りも私のほうが得意なので、「地ならし」として先に現地入りする形が定着しそう。見るべきポイントやアクセスをチェックして、時間のないアリ男に効率的に確認してもらう。
今回もひとりで行く予定だったけど、1年中休みなく気を配ってくれるアリ子母にも少し楽しんでもらうスケジュールを追加して、一緒に出かけることにした(ついででごめんよ)。アリ男の短い飛び飛びの夏休み1回目は、アリエスと父子水入らずの2日間。例によって大喜びの父ちゃん・・・ありがとうね。残りの休みはみんなでお出かけしよう。
さて、人生で初めて自分達で家を建てるかもしれないので、建築物には興味津々。その観点で見てみたかった宿に予約。つくづく眺めて楽しかったので日記にも残すことに。
山にあるこの宿は元からある木々を極力生かし、そこに溶け込むように建てられている。そして陰翳礼讃。目に刺さる斬新な形状や、ひたすら白く明るさだけを追求した室内が苦手な私には、とても落ち着く雰囲気。傾斜面の利用や窓の配置などは、なるほどなるほど!いちばん印象的だったのは、深い軒。そこを伝って緑の雨がしたたり落ちて、美しかった。
旅館やホテルと住宅をいっしょくたにするわけにはいかないけれども、家族が帰ってきてジワリと幸せを感じることのできる家を、建ててみたいものだなぁ。入れ物になにを入れるかがもっと大事ではあるものの、身の丈にあった範囲で、いろいろ考えてみたいなと思う。
本館。木々の中でも浮かないデザイン
中は外の緑を取り込み、陰影を生かしたつくり
部屋は山のふところにあるよう。深い軒から雨に溶けた緑がしたたる
こんな寝床、ほんとの贅沢だよーー!!いくらでも眠れるぜっ
鶯の独唱をききながら、神々に失礼してお湯三昧
このもみじは植栽だろうけど、こんなに見事
道路から少し高くなってるのがいい
いまは一面クヌギの木。雨上がりだけど風が爽やか
近所のコテージ。ここも元はクヌギ林だったらしい
その隣は公共の土地。牛達まーったり
今度は雨の九州に行ってきた。北の災害が大雪なら南は台風や大雨で、その意味では体験すべきことをしてきたと言える。雨粒の大きさからしてでっかくて、レンタカーのフロントガラスもまさにバケツをひっくり返し続けたような視界。降るだけ降って、うだるような夏がくる。そうやって、うっそうとした大木の森が育つ土地なのだ。少し前、「九州の熊が絶滅してるって嘘なんじゃない?」説が出て、研究者などが調査を開始したと聞く。空港からの道を山に向かって走っていると、「うん、嘘だろ」と個人的に納得した。
さて、目的の町に到着。この町から高原に向かってうねりながら上がってゆく。アリエスは福岡生まれながら、歳を重ねてからの九州の夏はきついんじゃないか。雪が大好きだから、できれば降雪もあってくれたらうれしい。そう思うと、おのずと標高の高い場所を選択することになる。
途中の公共施設で不動産屋さんと合流し、私には耳慣れたイントネーションでの説明を聞きながら、土地のまわりを歩く。道路からはやや高くなった場所である。現況はクヌギと小笹の林だ。雨のあとでも意外にさらっとして、寒いほどの気温。林の中ほどを歩いていると、ゲンジボタルがさっそうと飛んでいた。夜になったら、空は星、地は蛍、なのだろうか。ここに家を建てるとすれば、山の神様によくお願いしなければならないと思ったなぁ。
温暖な地方の木立の中で暮らす場合、私が最も恐れているのは、ヤマビルだ。ゴムの袖口でもフツーに侵入してくるというやつ。出で立ちも不気味で、刺されたら冷静に対処できる自信ゼロ。まだ自分はいいとして、アリエスがやられたらと思うと、それだけで意気消沈してしまう。もちろん関東にだっているが、平野の住宅街に出没することはあまりない。このたびも恐る恐る林に足を踏み入れたのだったが、気温や土壌の感じからして、被害に遭うことは少なそうな印象だったので、少し安心した。
新たにもらった図面を持ち帰り、よく検討してみることに。どこでもドアがあったら、今すぐアリエスに会えるのになと思いつつ、宿へ向かったのでした。
転居を考え始めてから、庭を見る目が変わった。はじめは何気なく芝生の雑草を抜いたのがおもしろくなり、いろいろ手入れを思い立ったのだけれど、3日坊主チャンピオンの私が結構やめずにいるのは、引っ越すかもという思いのせいだ。
これまでろくに手をかけてもやっていないが、思い出の木も、大事な花も、じつはあるのだ。門の両側に陣取ったハナミヅキとヤマボウシは、晩年目を患った父を楽しませた木々だし、両親が手ずからに植えた白梅、アジサイ、レモン、ツバキ。写真を撮るのもきりがない。
うちの母は武士のような精神の人で、人生の節目に持ち物で騒いで醜態をさらすマネなどしないだろう。ところが私は、もっとみっともなく湿っぽい人間なのだ。普段の扱いは棚に上げ、別離という局面では、生き物には断固として執着してしまう。あの木も、この花も、絶対に持っていかなくちゃ。万が一本体がダメでも、種か挿し木はぜひとも必要よ!・・・と意気込んだわけである。
大きな木の移動となると、長いものでは1年ほど前から準備がいる場合もあるらしい。まだ土地探しの段階だというのに、私はひとりで右往左往しはじめたのです。手始めにアジサイの新芽を挿して、最適な日差しを求め鉢を持ってウロウロしたりしている。アマリリスやら何やらの球根を掘り起こすのも、忘れちゃいけないし。
もうひとつ、庭にはまった理由がある。引っ越したらまた、アリエスが走りやすい庭を作るんだ。家族が食べる野菜は自分で作るんだ。そんな考えがあって、いまから修行を積んでおこうという魂胆である。大地に暮らす生き物として、本能的にバランスを取りたくなったのかもしれない。うん、そうだなきっと。仕事を辞めるつもりはないんだけど、二刀流でいきたい心境なのです。
前の家から移植したヤマモモ。小さい頃よくよじ登った。手前のチビは白梅です。
ソテツ。両親の郷の風景そのもの。
ヒメコブシ。父を亡くした時に決意新たに植えた若木が、随分たくましく育ってくれた。左が白花のハナミズキ。
秋を運んでくる金木犀。隣の小さいのはアオムシが葉を食べ放題のレモン。おかげで毎年美しいアゲハ蝶に会えます。
もみじ。夏は薄い葉が適度に光を通し、秋はもちろん真紅に。
シャラは有名な一節の通り双樹でしたが、片方は朽ちてもう片側が美しい樹形になりました。
シャラの花。別名は夏椿。30年以上も酷暑の日々を慰めてくれた、静かな美・・・
花はほろりと取れてしまいます。今朝は庭にたくさんこぼれ落ちていましたが、残ったのが昂然と咲いていてうれしかったー
サルスベリ。昨晩の風で根から傾きましたが、添え木で事なきを得ました。もうすぐ透明感のある白いちぢれ花がつきますね。
ボタン。芸術品のような繊細な花びら。十二単のお姫様みたいだわ。
我が家には絶対に欠かせない、父の故郷の島ユリ。香りまで貴婦人です。
挿し芽をしたアジサイ。てっぺんに新しい芽も出て、どうやら無事根付いてきたようです。
こちらが親株。薄墨色が涼やかな、「墨田の花火」。
春の福寿草。新春のハッピーがつまって、パンと弾けたような輝き。
今年の夏野菜はミニトマトです。
↑ この暢気者とともに、また探しマス
北海道に移りたくて土地を探し始めたが、アリ男は九州も捨てがたい様子。幕末オタクで、薩摩藩の歴史に異様に詳しく、以前アリエスがアリ子母の田舎で2か月を過ごした時は大喜びしていたものだった。ここに住みたいと何回もつぶやいていたような。
ま、私は広々してて家族がいればどこでもいいけど。鹿児島は、たしかに何でもおいしかったよな(結局食べ物?)。牛も馬も鶏も野菜も、近所のしょぼっとしたスーパーで買うのに、びっくりするほど新鮮で濃厚な味がしたものだった。
そんなわけで、北海道にロックオンしていたこの計画を、もう少し柔軟に考えてみることに。北には北の、南には南の、素晴らしさも厳しさもあるしね。もともと地図好きの私だが、おかげで全国各地の地図が集まってしまった。
家族って、いつも特別詳しく心情を語らなくても、なんとなくで通じる。だがこんなふうに生活のことを具体的に考える時は、ちゃんと意見を聞き出さなくてはならない。私達にとってこれは、とてもいい機会になっているなと思う。アリ男からはアリ子母を、アリ子母からはアリ男を思いやる言葉を聞くことになった私は、本当にありがたかった。普段は日常に隠れている胸の内を、引っ越し話が引き出してくれたのね。